ヨハン早稲田キリスト教会で語られたメッセージの中から幾つかをご紹介。聖書の御言葉の恵みを分かち合いましょう。

2012年2月アーカイブ

場所:ヨハン早稲田キリスト教会、ヨハン教会

木曜礼拝2007.9.20

聖書本文:使徒言行録7:30-50

 

こんばんは。素晴らしい賛美、ありがとうございました。

衣装も映像もあって良かったと思います。

今日の本文は使徒言行録7章の箇所であります。ステファノの説教です。

ステファノは恵みと力に満たされた執事でありました。


使徒 6:8 さて、ステファノは恵みと力に満ち、すばらしい不思議な業としるしを民衆の間で行っていた。


彼は平信徒です、献身者ではありません。

ペテロを始めとする使徒達が祈りと御言葉の奉仕に専念する為に、

事務的な、行政的な仕事を行う為に任命された平信徒の役員であります。

しかし、彼が行った業は素晴らしいものでした。

彼のあまりにも目覚しい働きの故にユダヤの律法学者、 祭司長達もステファノを捕らえざるを得ませんでした。


ここで私達は驚くべき状況を見ることができます。

使徒言行録4章ではペテロとヨハネが捕らえられて取調べを受けています。

彼らの目覚しい働きの故です。

そして使徒言行録5章では、再び使徒たちが捕らえられて牢に入れられました。

そして、また7章では、今度は平信徒のステファノが最高法院で取り調べを受けているのです。

これは一体どういう状況でしょうか?

律法学者や祭司長は前よりも忙しくなったのではないですか?

以前はイエス・キリスト一人を黙らせれば良かったのです。

イエス・キリスト一人がいなくなれば全て問題は解決すると思っていました。

しかし、今はもっと大変です。イエス・キリストはもはやこの世にはいません。

しかし、ペテロが説教します、奇跡も行います。ヨハネや他の使徒も説教し、奇跡を行います。

今度は12弟子でもないステファノが説教します。

ユダヤの宗教指導者達は動揺したのに違いありません。

なぜ、イエスがいなくなって良かったと思ったら今度はあっちこっちで同時多発的に弟子たちが説教し、奇跡を行っている。

これは巣晴らしいことです。それを誰が行っているんでしょうか?聖霊様です。

一人一人に内住しておられる聖霊様が、イエス・キリストが行う業を弟子たちを通して行っているのです。


ヨハネによる福音書14:12 はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、

また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。

この御言葉を信じますか?

この御言葉が私たちを通しても実現することを切に祈ります。


その素晴らしいイエス・キリストが行う業を行う業を行っていたのがステファノであります。

彼の説教で言いたい事は何でしょうか?

これは私達にとっても聞くべき、また悔い改めるべき事が数多くある説教であります。

それを今日分かち合いましょう。

 


場所:ヨハン早稲田キリスト教会、ヨハン教会

木曜2004.8.24

聖書本文:創世記32:23-33

主題:エサウとの再会

 

こんばんは。KOSTAが終わってから一週間が経とうとしています。

皆さんはそれぞれKOSTAで受けた恵みを保ってますます成長しているでしょうか?

KOSTAの最中にも話がありましたが、KOSTAが終わって山を降りてからが、

私たちにとっての本当の勝負であります。

それぞれの遣わされる職場やキャンパスで本当に世の和解者としての実を結ぶ私たちになりますように、祈ります。

 

 今日の本文は創世記32章、ヤコブがヤボク川を渡る場面であります。

ヤコブはアブラハムの孫であり、イサクの息子であります。

そして、ヤコブには双子の兄がいます。名前は知っているでしょうか?エサウであります。

しかし、双子でも外見はまったく似ていない双子です。

エサウは荒々しく山男のような人間であり、逆にヤコブは弱々しく女性的な雰囲気を持つ人間でありました。

もともとヤコブの名前はどういう意味を持っているんでしょうか?

それは『騙す者』という意味があります。

実際聖書の登場人物は、その名前の通りの人生を歩む人物が数多くいます。

彼は兄のエサウが本来受けるべき祝福を計略によって騙し取りました。

そして、エサウに恨まれて、命を狙われ、エサウから逃げながら長い間生活を送ってきました。

そして、この後33章でヤコブはエサウと久しぶりに兄弟の再会を果たします。

しかし、彼にとっては喜ばしい再会ではなく、命の危険を感じる恐ろしい再会であります。

このような場面で、ヤコブはエサウと再会する為にヤボクの川を渡ろうとしているところです。


 

 今日の本文、

創世記32:23その夜、ヤコブは起きて、二人の妻と二人の側女、それに十一人の子供を連れてヤボクの渡しを渡った。

32:24皆を導いて川を渡らせ、持ち物も渡してしまうと、

32:25ヤコブは独り後に残った。

 

とあります。

私達はKOSTAが終わって沢山恵みを受けたと思います。

しかし、実際に世の中に出てみるならば、現実が変わっているかと言えば、

何も変わっていないのであります。

KOSTAが終わって山を降りたら、家族の反応が変わっていたでしょうか?

職場がキリスト教に理解を示すようになっていたでしょうか?

そんな事はないのです。

折りしもKOSTAの初日は日本が太平洋戦争で敗戦した日でありました。

小泉首相は靖国神社を参拝しました。

日本とアジアの国も何も変わっていません。

私達がKOSTAの会場に行く前に持っていた課題は何一つ解決されていない事に私達は気付かされるのです。

ここで、私達はKOSTAで山を降りてから、それぞれのエサウと対面しなければならない事を心に留めましょう。

ヤコブは今までエサウを避けて何とかうまく人生をやりくりしてきました。

ヤコブは頭の回転が速い人物です。

色々な計略で財産と家畜を蓄えてきました。

子供も11人も生まれました。

しかし、人生の中で一番大きな課題であり、問題の中心であったエサウとの関係が、何一つ解決されていなかったのです。

今年のテーマは何だったんでしょうか?

『世の和解者 イエス・キリスト』です。

神様との和解、隣人との和解...ヤコブにとって人生の大きな課題はエサウとの和解でありました。

 

創世記 32:12どうか、兄エサウの手から救ってください。わたしは兄が恐ろしいのです。

兄は攻めて来て、わたしをはじめ母も子供も殺すかもしれません。


ヤコブにとっての一番の悩みがエサウとの関係でありました。

いくら金持ちになっても、子宝に恵まれても、

いつも心に引っ掛かるのがエサウだったのであります。


私たちもそうではないでしょうか?

 

場所:ヨハン早稲田キリスト教会、ヨハン教会

主日2時礼拝

ローマ信徒への手紙718節-84

主題:福音の再発見

 

皆さん、こんにちは。

今日の本文はローマ信徒への手紙であります。

ローマ書は新約聖書の中でも福音に対する核心的な内容を語っている書簡であります。

この手紙が書かれた時、使徒パウロはまだローマにいませんでした。

彼はローマに行きたいという切なる願いの中でこの手紙を書きました。

使徒パウロは

1:15それで、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を告げ知らせたいのです。

と訴えている通りです。

パウロは、ローマの人々に福音を告げ知らせるためにこの手紙を書きました。

では、ローマの人々は福音を知らなかったのでしょうか?

いいえ、知っていました。

イエス・キリストが神の子メシアであること。

イエス様が私達の罪の身代りに死なれたこと、

そして三日目に蘇られたこと。

主イエスを信じるすべての者に罪の赦しと永遠の命が与えられること。

これらはみな福音の内容です。


ここにいる既に主イエスを信じているクリスチャンの兄弟姉妹はこの福音を信じています。

信じていない人も、福音の内容について、聞いた事はあると思います。

それは主イエスの十字架と復活が私達の罪の購いのためであるということ。

その十字架を通して私達に神の愛を示されたということです。


ここで、私達は使徒パウロが告げ知らせたい福音を考えてみなければなりません。


私達はKOSTA集会を通して、恵みを受けました。

しかし、私達を本当に生かすのは何であるのか。

それを今日考えてみたいと思います。



場所:ヨハン早稲田キリスト教会、ヨハン教会

土曜礼拝2011.8.6

聖書本文:列王記下1920節?37

主題:ヒゼキヤの祈り

 

皆さん、こんにちは。

今日の本文は列王記下19章です。

ヒゼキヤ王の時代です。

ヒゼキヤ王の治世6年に、北イスラエル王国はアッシリアにより滅亡されました。

そしてこの物語はヒゼキヤの治世14年の話です。

私達はこの時代、アッシリアという国が北イスラエル王国を滅ぼし、

また南ユダ王国にも攻撃の手が迫るという国家的な危機の中で、

いかにしてヒゼキヤがこの危機を乗り越えたのかを見ることができます。

私達は実は、この記事は列王記下、歴代誌下、そしてイザヤ書にまで同じ記事があることを見つけることができます。

実に旧約聖書で3か所も同じ内容が残されています。主がこの歴史的な主の勝利の出来事をいかに心にとめておられるかが分かります。


19:14ヒゼキヤはこの手紙を使者の手から受け取って読むと、主の神殿に上って行った。

ヒゼキヤはそれを主の前に広げ、

19:15主の前で祈った。「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、主よ。

あなただけが地上のすべての王国の神であり、あなたこそ天と地をお造りになった方です。

19:16主よ、耳を傾けて聞いてください。主よ、目を開いて御覧ください。

生ける神をののしるために人を遣わしてきたセンナケリブの言葉を聞いてください。

19:17主よ、確かにアッシリアの王たちは諸国とその国土を荒らし、

19:18その神々を火に投げ込みましたが、それらは神ではなく、

木や石であって、人間が手で造ったものにすぎません。

彼らはこれを滅ぼしてしまいました。

19:19わたしたちの神、主よ、どうか今わたしたちを彼の手から救い、

地上のすべての王国が、あなただけが主なる神であることを知るに至らせてください。」


これがヒゼキヤ王の祈りでした。

ヒゼキヤの決心を見ましょう。

彼は1813節からを見てみれば、攻め込んできたアッシリアに対して恐れにとらわれました。

そして貢物を治めて何とか国を滅ぼさないで欲しいと、懇願したのでした。

その時、本当に人間臭い方法でヒゼキヤはこのアッシリアの攻撃に向き合ったことが分かります。


今度はそうではありませんでした。

貢物を納めるのではない。人間的な方法でやるのではない。

ヒゼキヤは主の神殿に上って、主の前で祈ったとあります。

主に対する祈りの勝負に専念しましょう。

本当の危機に際して、霊的に目を覚ますことが大切です。


私達は木曜日、メッセージを聞いたように、人間臭い知恵と計略に陥りがちであります。

特に賢ければ賢いほど、人間的な知恵と計略に陥りやすいです。

イスラエルの歴史を見てみましょう。最も知恵のある王様がいました。

それがソロモンです。

彼はその天才的な知恵を用いて国を治めました。

その中の一つが、政略結婚です。

エジプトから妻をめとりました。確かに周辺の国との関係は良好になるでしょう。

しかし、真の神でない偶像崇拝が王家に入りこんで来ました。

ソロモンは晩年、そのような1,000人の妻たちに惑わされて、偶像崇拝に転落しました。

人間の知恵は空しいものです。


ヒゼキヤはこのような真の危機に瀕して、ただ主のみにより頼む姿勢を示したのは幸いな事です。

私達はどうでしょうか?

様々な人生の危機の中で本当に主により頼んでいるでしょうか?

今年のKOSTAが祈りにおいて主に切に依り頼むその時となることを願います。


 

場所:ヨハン早稲田キリスト教会、ヨハン教会

土曜礼拝2011.4.2

聖書本文:民数記915-23

主題:主と共に留まり、旅立つ

 

みなさん、こんにちは。

今日の本文は民数記9章です。

民数記はエジプトを脱出したイスラエルの民が約束の地カナンに向かう旅路の物語です

人生を旅にたとえる人がいます。

イスラエルの民が主の命令に従って建設した幕屋の上に、

昼は雲の柱、夜は火の柱が留まり、イスラエルの全ての民に見えるものとなりました。


民数記915幕屋を立てた日、雲は掟の天幕である幕屋を覆った。

夕方になると、それは幕屋の上にあって、朝まで燃える火のように見えた。

916いつもこのようであって、雲は幕屋を覆い、夜は燃える火のように見えた。


この雲は何でしょうか?幕屋の上の雲は父なる神様ご自身がその場にいらっしゃる事を象徴しています。

主なる神様は常にイスラエルの民に伴われる、ということです。


ヘブライ135 神ご自身、「わたしは決してあなたから離れず、決してあなたを置き去りにしない。」と言われました。


神は約束された民と伴われる約束、インマヌエルなる神様の約束です。

そして今や、イエス・キリストの十字架を通して、主を信じた私達一人一人が聖霊なる神様の宿られる幕屋となった恵みに感謝しましょう。

これは何を意味するでしょうか?


一コリント619知らないのですか。あなたがたの体は、神から頂いた聖霊が宿って下さる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。


とある通り、私達は十字架の血潮により主に購われたものです。

本文によれば、幕屋を立てた日から早速、雲は幕屋を覆ったのです。

つまり、私達がイエス・キリストを受け入れたその日から、その瞬間から、

聖霊なる神様は私達の中に来られ、共に住まわれる恵みが与えられました。

そして16節にあるように、『いつもこのようで』あるのです。

昼は雲の柱、夜は火の柱として、主の臨在は幕屋に留まりました。

イスラエルの民はそれを見ました。私達の人生にも常に主は伴われます。

だからこそ、私達の人生の主権は主にあることを認めなければならないということです。


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